2006年11月13日月曜日
ちょっと待てよ!
ここ何日かは、いじめや履修不足の対応に追われた高校の校長だったりする。追い込まれた末の衝動的な自殺なのだろうが、「命の大切さ」を見せるのであれば、自ら果てる選択はないはずで、どのような苦境でもそれを乗り越える姿をこそ見せるべきだったのでは?と亡くなった人には申し訳ないが、思うのだ。命を捨てて「責任を取る」などと言うのは、明らかにすべき事柄を切り捨て、闇に葬る以外の何物でもないのだから。
2006年11月11日土曜日
休みなので(笑)
夕刻、沖縄大学名誉教授の宇井純先生の訃報。水俣水銀汚染問題にも関わった公害研究の先駆けでもあり、第一人者。徹底して被害者側に立ち、科学者の倫理を守った人だった。中でも東大での夜間自主講座「公害原論」は70年代権威の中枢だった東大の中で、市民に開かれた講座として時代を画す活動だった。ご冥福をお祈りしたい。
今の世の中、権力や権威に対して闘う気風が希薄になっている気がして仕方がない。権力の中枢が巧妙にその暴力性を隠し始めているせいだろうか。。。とにかく背筋が寒いのだ。(風邪じゃありませんぜ?)
寒い時には、寝るに限る?(爆)(何だか、中途半端ですが、、、終了)
鬼の霍乱(かくらん)?
小泉政権下で始まったタウンミーティングなる「国民との対話集会」で、内閣府、省庁ぐるみの「やらせ」が発覚し、拡がりを見せています。お手盛り対話を仕込み、いかにも国民の声として見せていたと言うことです。まぁ、官僚のやりそうな事ではありますね。目標達成能力に長けた日本のエリート達ならではの事で、「馬鹿な」国民も簡単にだませると思っている事の証しなのかもしれません。「馬鹿な」国民の中にも、多少は疑問符を持ち、国の有り様を見ている者もいるのですから、今回のように発覚することもありますね。しかし、今回の仕込みは笑ってしまう程、拙いものではあります。質問要旨まで作り、証拠となる文書で送ったとはね。「猿も木から落ちる」だったのか、それとも笊(ざる)のような隙間だらけでも、「馬鹿な」国民には発覚するものかと、高をくくっていたのか、どっちでしょうねぇ?私は後者の方だと思っているのですが。
しかし、こうも思っています。政府に限らず、自治会、組合、政党、各種団体等々様々なところで、集会は行われていますが、この国ではレベルに関係なく「動員」とか「事前打ち合わせ」は通常のこととしてなされているのではないか?と。主催者の都合や思惑に合わせるというという事例が、けっこう身近にもあるような気がします。進行に不都合が生じないようにとか、収拾がつかなくなったらいけないからとか、様々な理由立てで、そういうことが行われていないでしょうか。それらは、「丸く」物事を収拾するのが主な目的で、決して議論を起こす為ではありません。
2006年11月9日木曜日
2006年11月8日水曜日
急激に寒さが
北海道の佐呂間町では、竜巻による稀にみる災害が起きてます。日本では今までそれ程目に付かなかった竜巻ですが、最近は列車を吹き倒したり、今回の佐呂間町にみるように被害が大きいものが目立ってきているように感じます。 このような気象現象の激化も、何か気候変動と関係があるのでしょうか。
ところで、久し振りに都に上ることなりました。まぁ、用事があるからなんですが、人混みが嫌いな私としては、出来るだけ早く切り上げて、さっさと帰途につかねばと思ったりしています。古都なら出歩く気にもなるのですが、どうも東京というところは好きになれません。人間はやはり、生まれた場所の水じゃないと、なじみにくいのかも知れません。特に私はということですけどね。
今夜は、ほんとに冷えてきています。風邪を引き込むといけないので、ここらで寝ることにしましょう。では、おやすみなさい。
2006年11月3日金曜日
連続の映画鑑賞
『父親たちの星条旗』を観てきた。秀作だ。ヒーローに祭り上げられた一介の兵士達を通して、国家指導者達の有様が、よく描かれている。「戦争について語る者は、本当の戦いを知らない。本当の戦いをした者は、思い出したくないし、忘れたいから、戦争の話はしないものだ」という言葉が印象に残った。その通りだと思う。戦いの最中でも、戦いの後でも傷つくのは、戦争指導者ではなく、一介の兵士達だと言うことだろう。先日、NHKの番組で、硫黄島戦で生き残った元兵士達の証言ドキュメントも放送されたが、約2万2千人の硫黄島守備隊の内、からくも生き残って捕虜となった兵士は200名。島中に掘り巡らされたトンネルの中で、戦いは約一月半続き、飢餓や傷病で亡くなったり、口減らしのために味方から殺されたりした兵士達も多かったと言う。証言者が言っていた。「人間じゃありません。畜生になっていました」と。悲惨どころではない。凄惨な情景だったはずだ。「あの戦いは何だったんでしょうねぇ。。何も無しじゃ、亡くなった戦友が可哀想です。。。」と涙を流しながら、その元兵士は話すことも辛そうだった。「しかし、今あの戦いについて話をしなければ、と思い始めたのです」とも。戦いの惨状を話せるようになるためには、61年間もの時間が必要だったと言うことだ。
憲法や教育基本法を変えて、どのような「美しい国」、「普通の国」を作ろうと言うのだろうか?
とりとめなく思うこと
秋も深まってきたとは言え、まだここら辺では紅葉もそれ程でもない。冷え方が強くないせいかもしれない。
それに8月中旬以降、雨らしい雨が降っていない。記録を見ると、8月25日に本格的に降った後、9月13日にほんのお湿り程度降っただけで、後はほとんど晴天が続いている。秋の長雨もなしだ。土は乾燥しきっている。これも気象変動のせいなのだろうか?
このところ写真を撮っていない。晴天続きだから、撮ろうと思えば撮れるのだが・・・気分が乗らないせいにしておこう。
ちょっと疑問に思うこと(その1)
北朝鮮がやったこと(拉致、紙幣偽造など)は、許される事ではないという前提で。
拉致被害者の支援組織について、「善意だけの活動なんだろうか?」と「?」が付くような雰囲気を感じることがある。いくつかの地方支援組織のWebサイトをみると、右翼のサイトと見紛うようなサイトデザインだったりする。まぁ、それはセンスの問題かも知れないので、良しとしても、募金活動をしているはずなのに、その収支明細が明示されてるところと、されていないところがある。どんな用途に使われているのか、募金者達は疑問に思わないのだろうか?
ちょっと疑問に思うこと(その2)
前にも書いたことだが、NHKの国際短波放送に対して、「拉致問題を重点的に放送するように」と個別的内容に踏み込んで、放送命令を出すらしいが、NHKはこれに対してどう対処するのだろうか?いや、NHKに所属している各個人(特に記者達)はどう反応するのだろうか?とても関心がある。
ちょっと疑問に思うこと(その3)
「教育改革タウンミーティングでやらせ質問、内閣府作成
今年9月2日に青森県八戸市で開かれた政府の「教育改革タウンミーティング」で、内閣府などが教育基本法改正案に賛成の立場で質問するよう参加者に依頼していたことが1日の衆院教育基本法特別委員会で明らかになった。
石井郁子議員(共産)が内閣府や青森県教育庁などが作成した文書を基に指摘し、政府もこれを認めた。
文書は、青森県内の教育事務所と同県教育庁が、地元の中学校長あてにファクスで送った2種類。一つは「タウンミーティングの質問のお願い」として、三つの質問案を示し、そのうちの一つを質問するよう依頼している。
もう一つの文書は「内閣府から以下のとおり発言の仕方について注意があった」として、<1>できるだけ趣旨を踏まえて自分の言葉(せりふの棒読み はさけてください)<2>「お願いされて」とか「依頼されて」と言わないで下さい(あくまで自分の意見を言っている、という感じで)――などと、アドバイ スしている。
1日の委員会質疑で、内閣府の土肥原洋総括審議官は「活発な意見を促すきっかけを作る目的で参考となる資料を提供することもある」と弁明した。塩崎官房長官は同様の事例が他にもあるかどうかについて「調査をして報告する」と述べた。(2006年11月1日19時41分 読売新聞)」
この読売新聞サイトのニュースを見ると、教育基本法改正への内閣、政府のあざとい本音が透けて見える。内閣府の職員だけの勇み足だけだったのだろうか?
ちょっと疑問に思うこと(その4)
熊本県以外の45都道府県の公立、私立の高校で履修不足が発覚。そのほとんどが受験体制へのシフトの結果ということだが、少子化の波の中で、手っ取り早くイメージアップになるのが大学進学率となるのだろう。その中で生徒も学校も大学受験の成果を上げることに血道をあげているのが実態なのだから、「さも、ありなん」と言うのが私の感想だ。今回はセーフだった熊本県にしても、過去に履修不足が見つかり、以後、県教委がチェックしていたからに過ぎない。
それにしてもだ、「教養」とか、「知への関心」という観点から見ると、色々偏りも出てくることになると思うなぁ・・まぁ、教科書の知識で、まかなえる事でもないのだが、面倒でも教科での学びが興味・関心の切っ掛けになることもあるのだから、授業は受けていた方が人生の血肉にはなる。たとえ受験に必要がなくても。生徒諸君はどう思うのだろうか?
庭の木で、百舌鳥(もず)のさえずりが聞こえている。今から映画を観に行くとしよう。では、本日はこれにて。