2011年7月9日土曜日

やっと梅雨明け〜天候もさる事ながら、政権の鬱陶しさも梅雨明けしないのか?〜

九州北部もどうやら梅雨明けしたようです。激しい雨天が数回襲ったこの梅雨でした。
梅雨明け後の今日の屋外の日射は、脳髄を溶かすかのような強烈さを伴っていて、部屋の窓を全開していても、じっとりと汗ばむほど。これでは「節電」といえどもどこまで可能なのか、心許ない限りです。
鬱陶しさと云えば、菅政権の様子も見ているだけで「鬱陶しく」なります。コロコロと名前を覚える間もなく入れ替わるのもどうかと思いますが、国民の支持を無くしてもなお、政権にすがり付く姿は「見苦しい」限りです。
しかし、交代させるにも、いったい誰なら「まとも」な首相を務めることが出来るのか、政界を見渡しても支持できそうな人材は皆無のようにも思えます。
また公共的企業であるはずの「九州電力」がやらかしたヤラセ番組とヤラセメール問題は、倫理観をなくした企業の姿そのものですね。実はわたくし、九電とは電柱敷地などをかなりの数、契約してまして、これまでは公共性が強い電力会社ですから、何の疑念もなく提供してきたのですが、今後は契約更新に際しては原子力問題を考慮すべきかなと思っています。電力会社は「東京電力」や「九州電力」の姿勢にみるように、地域独占という形態が「傲慢さ」を生み出しているようです。やはり、消費者が選択できるようにならなければなりません。
「モラルハザード」とかなり前から言われていますが、相当根深いところまで、「根腐れ」がこの国では進行しているようです。
いったいこの国はどこへ流浪って行くのでしょうか?

2011年7月4日月曜日

希望を託せる政党がない悲劇的日本の政治状況

長期に渡った自民党政権の利権政治に終止符をうつべく、国民が政権を委ねた民主党だったはずですが、いざ政権を握るとその政治手法の稚拙さを露呈し、事前に国民に示したマニュフェストも選挙用に過ぎなかったと考えざるを得ないその後の変節ぶりを示しています。また、結局寄せ集め集団に過ぎなかったというべき感情的内部対立で、もうグチャグチャ状態ですよね。

今回の東日本大震災では、たしかに「未曾有」と表現してもおかしくない事態ではありましたが、それにしても菅政権と民主党が示した対応は、看過しがたい内容としか云えませんでした。つい最近も復興相に任じられたばかり松本龍という人物が、被災地でとんでもない発言を繰り返しています。傲岸不遜な発言で彼の持つ基質を示しているとしか考えられず、こういう人物をその任に充てた管氏の見識と人物眼を疑いますし、呆れてしまいます。全く度し難しですね。

こんな議員しかいない国会や政府にどんな希望を抱けるというのでしょうか?究極の悲劇は喜劇にも通ずといいますが、全く笑えません。

(追記)復興相の松本龍という人物が、「九州人だから云々」と弁明をしていましたが、九州はもとより他のどこであろうと、真っ当な人ならあのような言動はしません。「九州人」を発言の理由にするなど許しがたいと、同じ九州人である私は思います。とにかく、どこの人であろうと、常識があれば、公的な場であのような傲岸不遜な態度をとることなど「あり得ない」でしょう。彼こそ「九州人」の恥さらし以外の何ものでもありません。(怒)

(追記2)村井知事との面会で、知事が自分より後から入室してきたことで、理不尽な「怒り」を発し、その状況を「オフレコ」と周囲にいた記者たちに宣し、「書いたらそこは終わりだぞ」と恫喝まがいの発言までしていますね。
松本龍氏の出身母体である「部落解放同盟」を考慮すると、あの態度も「なるほど」と合点が行くというか、1970年代や80年代に件の団体が行っていた「糾弾会」なるものを見聞きした者としては、まだ穏やかなのかもしれないなと思ったりしました。彼の発言は、出身地の九州などという問題ではなく、彼自身の気質とこれまで培ってきた個人的性格に基づくものと云えます。差別解消は大事なことですが、「逆差別」や「糾弾会」と称して集団による「吊るし上げ」会を行っていたことを、件の団体は、どのように総括しているのでしょうね?差別解消に向かうどころか、逆に差別意識を隱然化させる効果しかなかったと私などは思います。
あのような人物を「復興相」のまま置いておくなど論外で、即刻解任すべきです。

2011年7月2日土曜日

核ゴミ モンゴルへ投棄する計画〜包括的燃料サービス(CFS)〜

米国とモンゴルが主導しているという「モンゴルで加工したウラン燃料の供給と使用後の処理(つまり貯蔵と最終処分場)」計画について、米国原子力企業のWestinghouse Erectricを傘下に有する佐々木東芝社長が「使用済み核燃料などの国際的な貯蔵・処分場をモンゴルに建設する計画を盛り込んだ新構想を推進するよう」米政府高官に書簡を送った事を共同が報じています。

既存の原子力発電所や核兵器解体後に大量に出てくる核汚染ゴミの処分は、様々な国にとって頭の痛い問題になっていますから、何らかの処分法を確立する必要はあるでしょう。しかし、こうした他国に最終処分場を作る事で、「トイレなきマンション」と批判される核廃棄物処理の課題を緩和する事をも狙っているようにも見えます。

企業は、利益を追うのがそれ自体が持つ性なのかもしれませんが、社会的倫理の枠から逸脱していいはずはありません。部屋のゴミを屋外へ掃き出して、いかにも綺麗になったかのように考えているかのようです。掃き出してもそのゴミは屋外に存在し続ける事を忘れてはなりません。

同じく事業家であるSOFT BANKの孫正義氏が提唱している「自然エネルギー(太陽光発電)への転換」を一部の人は「今後の膨大な利益を見据えている事が透けて見える」と批判がましい事を言っているようですが、仮にそうであっても、より人々に害のないものを作るのであれば、批判どころか歓迎すべきだと私は思います。

梅雨明けも間近か〜ニイニイゼミの初鳴き〜

どんよりと曇った午前中でしたが、午後過ぎにちょっと晴れ間が。
すると晴れ間を待っていたかのように、「ニイニイゼミ」の鳴き声が聞こえ始めました。その合間に庭の木々で遊ぶ鶯のさえずりも混じり、なかなか趣のある土曜日の午後になりました。

2011年6月26日日曜日

枯渇した人材〜政界の混迷をみて〜

今年も大学生の就活はかなり大変なようです。東日本大震災と福島原発事故の影響で、不況がますます加速しているせいでしょう。

我が娘も来春大学を卒業する予定で、民間は蹴って公務員試験に臨んでいるようですが、国歌公務員一種試験は残念な結果だったとか。まぁ、落ちて当たり前の気持で、「試験度胸」を付ける為に受けたようです(笑)そして今日が第一志望の地方自治体の試験日だそうで、先ほど「疲れた」とのメールが。

結果がどうであれ、精一杯彼女なりに努力した事は、決して無駄にはならないでしょうし、必ず今後の人生の肥やしになると思います。しかし、まぁ、通っていてくれれば、親としても安心なのですけどね(苦笑)

 

こんな長引く不況と大震災、原発事故による二重のショック状態の日本経済でありながら、それを回復させるべき政治の世界は先行きの不透明さと混迷の度合いを深めるばかり。資質なき総理大臣が連綿と続くこの日本の政治の有り様は、結局この国の国民の責に帰するのだという真実を悟ばかりです。何がどうであれ、彼等を選挙で選んだのは「我々自身」なのですからね。

私もこのブログで政治批判をしていますが、先の総選挙では「民主党」を支持したのですから、無闇に批判だけを繰り返すのは無責任のそしりを免れないとも思います。

「巧言令色、すくなし仁」という孔子の言葉を今更ながら思い返しています。自民党の長期政権によって、錆び付いてしまったこの日本を創り変えるというマニュフェストの根拠の粗雑さが政権を担った途端露呈し、既にマニュフェストは有名無実に成り果ててしまい、東日本大震災の募金を謳ったパーティーが、実は政治資金集めで、募金はほんの一部だったという民主党議員や結党した初心を既に忘れ去った民主党幹部達ばかりの様相は、醜悪そのものでしかありません。

もちろん、そんな輩ばかりではないでしょうけど、残念ながら小粒すぎる議員しかいないようです。これは他党も同じ事で、つまりはこの国には国を動かし、諸外国と対等に渡り合える「器の大きい」人材が枯渇しているのかも知れません。

2011年6月21日火曜日

降り止まない大雨

止みませんねぇ…雨。

梅雨前線が九州のど真ん中に居座って、激しい雨を降らせています。まだ前線は南北に移動を繰り返しそうな気配のようです。雨量は1000mmを越えた所も出ていて、崖崩れなどの懸念も。もういい加減止んで欲しいものです。またゴーゴーと音を立てて降り出しています。

止まないと言えば福島第一原発の核分裂物質の拡散も続いていますねぇ。冷却水の循環システム構築もまだ数ヶ月はかかりそうで、収束などまだまだ夢物語にも似た状態のようです。

首相退陣の話題で騒々しい政界ですが、政権党は構成議員同士の疑心暗鬼で、分解寸前?野党は野党で党利党略に血道を上げているばかりで、この国の指針を示す人物は議員の中には見つかりそうもありません。しかし、リーダーに適していなくとも、議員の中の誰かが「総理大臣」になるのでしょう。

資質なき人物の負の連鎖が今後もこの国では続いていくのでしょうか?(涙)

2011年6月18日土曜日

降り続く大雨

今年の梅雨の大雨は九州を狙い撃ちしているかのようです。昨夜から今日一日中、強弱を繰り返しながら降り続いています。鹿児島、宮崎では人的被害も出ている様子。山間部では崖崩れも。
雨は必要ですが、こんな一時に降らないでくれよと天に向かって恨み言を言いたいですね。ほんとに。

ところで雨天時に普段思う事がひとつ。
ニュースなどで街中の雨のシーンが出たりしますが、どうして「長靴」を最近の人は履かないのでしょうか?豪雨と言ってもいいような雨中を普通の靴でずぶ濡れになりながら歩行してますよね。長靴なら濡れなくてもっと快適なのに、などと一人で思ったりします。ファッションを優先しているのかも知れませんが、濡れた靴ほど不快なものはないと思うのですが。

最近は昔の「ゴム長」よりもっと綺麗な長靴も出ているようですが、服との相性が悪いのでしょうかね?不快さよりファッション優先なのかも知れませんね。