2017年4月21日金曜日

歴史は繰り返す

 北朝鮮の現状を見ながら思うのは、金正恩に繋がる金家支配を今まで継続させてしまった、その国の国民の哀れさだ。共産制という幻と「チュチェ思想」というまやかし思想に牛耳られて、一党独裁どころか、一家独裁という封建時代の王家かと見紛う体制の中で生活せざるを得ない人々の哀れである。

 翻って、我が国の現状はどうか。一応民主主義国家の体を装いながら、ほとんど一保守政党の統治を永らえさせ、対抗すべき統治力を身に付けた政党を未だに育てられていないこの国は、一体どういう国なのか。特に最近の統治政党の有り様は、実に酷い。人材枯渇も甚だしいと言わざるをえない。まだしも、派閥政治華やかな時代のほうが、同じ保守政治と言えどもまともだったように思う。
 小選挙区制の選挙制度選択によって、政党を選ぶことになり、その党のトップにあらゆる力が集中するようになり、異論を許容しない政党運営が可能になったようにみえる。もちろん、リーダーの器次第といういかにも危うい形になっている。現政権の許容力のなさは、特に際立っていて、ヒステリックとさえ言える。国民を支配しやすい方向へとどんどん無理やり引っ張って行き始めている。実に危険な状況だ。
 歴史は繰り返す。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というが、悲惨な体験も時間の経過とともに、どんどん薄れていく世の常の習いが、「警察国家」の再現を許しうるという事を肝に銘じておきたい。

2017年3月27日月曜日

高校生 登山訓練中に雪崩

那須岳のスキー場で春山登山訓練合宿中の高校生が雪崩に巻き込まれ、遭難したという。新3年生と新2年生の為の雪山訓練だったのだろう。

今日が最終日だったらしく、訓練の総仕上げの内容だったのかもしれない。場所は今シーズンの営業を終えたスキー場の上部だった様だ。映像で小灌木が生えている様子を見ると、ゲレンデではないのかもしれない。

経験で話をするのは危険なこともあるが、一定の積雪があり、しかも以前の積雪層表面がザラメ状で、その上に新雪が一定以上積った状況では、滑りやすく、雪崩が起きやすい。斜度が30度以上の斜面を通過せざるを得ない時、行動を始める前に、滑りテストをすべきという事は、最近の安全講習では常識化しつつあるはずだ。

この訓練は県の高校体育連盟が主催していたというから、安全講習を受けた教員もいたはずなのだが、スキー場という事で、油断はなかったのか?

今日はまさに春の嵐と言える山の遭難を起こしやすい気象条件の日でもあったから、尚のこと慎重であるべきだっただろう。

2016年7月16日土曜日

反動勢力の増長

「日本会議」と言う自民党国会議員が多数加入している超保守の運動団体がある。安倍自民党総裁も、その団体が主張している憲法の全面的書き替えや、天皇を象徴から外して実体的元首として位置付けへのへんこうの主張に同調していて、参院選大勝で、日本会議もその主張と同化している自民やその同調勢力は勢いを増して、この国を息苦しい国に変える画策を強めるだろう。

2016年6月5日日曜日

何ともお粗末な首相?それとも国民か?

 消費税増税延期を決めたと言う首相が、社会保障政策を人質に取ったかのような発言!社会保障政策の充実について「増税を延期する以上、全てはできない。」だそうだ。

 他の予算を節約して、社会保障政策の充実を図るつもりはないらしい。外務省がサミットのメディア向けに31億円で3日しか使わないメディアセンターを作って撤去するとか。それで「安い」とかほざく感覚が現政権下には充満しているようだ。

 この国の民は、余程のお人好し揃いか、馬鹿なんだろうな。

2016年5月31日火曜日

御用報道を指示

  熊本地震発生時に、NHKの籾井会長が九州電力川内原子力発電所関連の報道に関して、「公式発表をベースに」した報道を指示していた事を、4月下旬に毎日新聞がスクープしていた。

  メディア規制を腹の中では目論んでいるであろう安倍の傀儡である籾井なら、まぁ、あり得ることであり、不思議ではない。今更だが、そのNHKは籾井以前から、報道機関たるべき姿勢をなくしていたと私は思っている。それが顕著に出ていたのが、論説委員が司会をする政治討論番組だ。極端に野党の意見のまとめ方や、発言の制止の仕方に偏りが度々見られ、あからさまに与党贔屓が見られていた。

元々そうした機関であったので、今回の報道に接しても驚きはなかった。そんなところに莫大な受信料を支払っている視聴者こそ、おひとよしと言うべきか?

2016年5月28日土曜日

益城町の惨状

昨日、用事があり益城方面へ出掛けた際に道路沿いに見た光景は、目を覆いたくなるような凄まじい情景だった。益城町役場付近の家屋倒壊の様は、特に凄まじく、道路の両側のほとんどの建物が押し潰れるように倒れていた。遠景にでも記録として写真を撮るつもりだったが、あまりに酷い情景に言葉もなく、写真も住民の方々の気持ちを思うと、とても撮影できる心境にはなれなかった。

私も同じ被災者で、大規模な改修が必要ながらも、かろうじて住んでいた家屋を失うことは免れた。そうした身だから、無神経、無遠慮に被災した我が家の写真などを撮る人がいたら、やはり憤りが湧いてくるだろう。

益城町の直下に布田川断層の帯が走っていた事は、頭で理解は出来ていたものの、普段よく通過していた場所だけに、よもやこれ程の地上破壊を引き起こすとは、想像だにしていなかったのだ。それはそこに暮らしていて今回被災してしまった住民の方々が、みんな同様に感じている事ではなかろうか。

 人生とはある出来事の瞬間を堺に、劇的に変化してしまうものに違いないのだが、その瞬間までは、誰もそのことに気づかないものらしい。今回はまさにその瞬間だった。

2016年4月15日金曜日

活断層型の大地震

その揺れは突然だった。激しく強い短い周期の揺れが襲った。思わず机の下に潜り込む。強い揺れは10秒から15秒位だったろうか。家の大きな柱と根太が軋む音が聞こえた気がした。もちろん障子、襖、硝子戸が激しく振動していたものの、そうした揺れの最中にあっても、倒壊することはないなと直感的に感じていた。本棚等も倒れることなく、棚等から物が落ちたり、飛び出すこともなかった。と、これが第1波の木曜日9時過ぎの地震だった。その後、余震がひっきりなしに襲い続ける中、今日未明1時過ぎに襲った地震波は前回をも上回る強烈で前回より周期の長いユッサユッサと揺らす波だった。
この地震波によって我が家の瓦を含め近所の家の瓦も大きく雪崩れ落ちたのだった。

日奈久・布田川断層帯の破壊活動が引き起こしたものらしい。まだ破壊活動は終わりになりそうになく、まだまだ続きそうだ。

果たして我が家は倒壊を免れるのだろうか?