2010年10月16日土曜日

思わず噴き出した面白記事

ニュースって、なかなか噴き出して笑える話題ってありませんよね?
深刻な問題を扱ったものが多いのは仕方ありませんが、時には気持ちが和む記事も欲しいもの。

で、今日はあったんです!
サイトはasahi.com
見出しは『「うるさいよ飛行機、目立つよ非行期」宜野湾の面白看板』

宜野湾市の真栄原自治会の前自治会長さんの発案らしいんですが、ニヤッとなるような駄洒落仕立ての看板で、通行人も思わず噴き出してるのでは?(笑)
記事に出ているものをあげると、

「ようこそここへ 区区区区 私の真栄原区」 聴いた事あるフレーズ?
「子供への声掛けは 自然体で、アンド市全体で」 なるほど(笑)
「ビンもカンも捨てないで 区民はビンカンです」 そうだそうだ!

全部で27枚の看板があるそうで、評判も良いそうです。
単に駄洒落と切り捨てず、面白がる感覚もいいですね。
こんなおじさんがいる地区は、きっと心も軽くなるのかも?

2010年10月13日水曜日

ノーベル平和賞へ過剰反応 中華人民共和国

asahi.comによると中国当局はノルウェー閣僚と中国政府高官との会合や文化交流行事まで取りやめたそうです。

ノルウェーに対して、ヒステリックとしか言いようのない反応を見せていますね。
ノーベル賞委員会は政府機関でもないのに、ノルウェー政府や交流行事にまで圧力をかけるとはねぇ。

一党独裁国家らしい過剰反応です。ここまで高圧的対応は、今後の民主国家との関係にも影響を及ぼす事でしょう。世界の工場とか飽和状態の世界経済の中、一大市場とも言われていますが、進出している各国企業は、経済を優先し続けるのでしょうか。色々な思惑も生まれそうですね。

San Jose鉱山事故 救出開始

Chileからのライブ映像を見ながら書いているのですが、国家プロジェクトですね、これは。チリ国内はお祭り騒ぎの様相さえ呈しているいるようです。地底下730mに閉じ込められている33人の作業員を一人乗りのカプセルで、PlanBで掘り広げた穴から救出するという前代未聞の作業なのですが、ラテンの血の性でしょうか、あまり緊張感が漂っているようには見えません。

先ほどはミチェル・バチュレ大統領が救出にあたる作業員達と記念撮影をしていました。今、救出カプセルの準備作業(ワイヤーか何かを取り付け)ですが、何だか手間取っていますね。(19:52現地時間)
今、作業開始前の救出作業チームの責任者らしい人(チリの鉱業省大臣でした)の説明でしょうか、いや、記者会見ですね。一人目の救出前に、一度カプセルを下まで下ろすテストを2時間程かけて行った後、一人目の救出を始めると説明がありました。(19:58現地)

カプセルの準備も終わったようです。いよいよ吊り下げタワーにセット開始ですね。(20:02現地)

しかし、カプセルのどこかにセット出来ない不具合があるようです。未だに降ろされていません。(20:39現地)

やっと修理が終わったようです(20:52現地)

吊り下げられ、いよいよ穴へ?穴の蓋が開かれ、何かの通信用コード?でしょうか、降ろされ始めました。(20:53現地)

カプセルが入り口にセット(21;25現地)

カプセル事前確認降下開始(21:33現地) この確認作業に2時間程かかると会見で言っていたので、一人目の救出開始は23:30(現地)過ぎくらいからでしょうか。一人目を上げる前に、救出班をまず降ろすはずですから、この2時間の中に、救出班を降ろす時間は含まれているのでしょうかね?

21:58 カプセルが上がってきました。ガイド車輪に不具合?? 

22:14 再投入開始  

22:23 しかし、何か障害が起きているようです。ワイヤーを送り出すガイド輪の動きが止まりました。カプセルが途中でつかえているのでは?ぶっつけ本番に近い作業ですから、予定はあくまで予定にしか過ぎませんね。

22:35 まだ中断したままです。何か重大な障害の気配も。。。

23時前 再び途中から引き上げられるようです

23:14 引き上げられたカプセル、また修理のようです

23:20 再下降 今度は救出班のメンバーが乗り込みました。大統領が夫人を伴い、こうも頻繁に出てくるのは、何だか政治的キャンペーンのようでもあります

23:36 地下坑道にカプセルが到着しました。救出メンバーと感激の対面

23:56 救出一人目の引き上げ開始

24:11 一人目、地上へ!

2010年10月12日火曜日

国際親善試合 韓国戦

前半は日本ペース。しかしゴールには至りませんでしたね。
後半、若干、韓国に押され気味の時間が長かったですが、最後まで集中を切らさず得点を与えることはなく、結局ドロー。
ちょっと審判のレフェリングに奇異な感じを受けましたが、ま、アウェーですから、あり得る事です。
完全なハンドを見逃されましたが、まぁ、良い事にしましょう。
長友、本田は、ほんとに良い選手に成長しましたね。強さを感じる試合内容でした。

2010年10月11日月曜日

清新なJazz Fision Band ~Snodaband~

youtubeを見ているとき、発見!!
聴いているうちに、ゾクゾクしました!

Jazz系の音楽に詳しい方は既にご存知でしょうが、若い才能あふれるBandですね。
一度聞くと、その音楽性の豊かさに引き込まれ魅了されるのではないでしょうか?
全員が東大生という装飾より、その音楽における才能の豊かさに注目して欲しいものです。


では、youtubeにupされているものから


Take Me To The Carnival / ソノダバンド

次にこれを
Black Day / ソノダバンド

次はこれを
Soul River_2010 【PV】 / ソノダバンド

良いですねぇ 
音が弾んでいます。久々に気持ちの好いBANDに出会った気がします。
今後、彼等の音楽がどう発展していくのか、ほんとうに楽しみです。

2010年10月9日土曜日

異質な中国

やはり中国は独裁国家だという事を世界に示したノーベル平和賞受賞ニュースでした。報道の自由は一切なく、反体制派への弾圧と国内民主化への虞れと危機意識がそうさせるのでしょうが、市場化で豊かさを知った人達が、このままの体制を維持する側であり続けるとは、私には思えません。当局との癒着、権益維持にも民衆の我慢の限界が来ないはずはありません。富の偏在も国民の不満を拡大こそすれ、減らす事は不可能です。体制崩壊も近い未来に始まるに違いありませんね。

情報漏洩 NHK記者

NHKの社会部遊軍記者が野球賭博で捜査対象だった相撲部屋の親方に、警視庁の家宅捜索情報を流してしまったとか。取材目的の関係強化を狙っての事だそうですが、それだけだったのでしょうか?
過去に相撲取材を担当していた記者ですから、何らかの情実的判断があったのではと疑われます。メールの内容から察するに、ルール違反は自覚していたようです。

取材者と取材対象者の間には、好意的であれ、否であれ、幾ばくかの情感的な関係が生じることは否めないでしょう。しかし報道者として、社会の公器を預かっている者には、相応の倫理がなければなりません。それを踏み外せば、その資質が欠如していると看做されてしかるべきでしょう。

先にアップしたものにも記していますが、最近は特に己が立っている場とその場に応じたルールを守れない人々が目立つようです。国民を代表する立場にいる国会議員が範を示していないので、社会にそれが拡散しているのかも知れませんね。検事、警官、社会的に影響を及ぼし得る立場の芸能人等など、数え上げたら切りがありません。
己の欲求のまま行動してしまう自己愛的人間が増殖しているとも言えますね。

思慮の足りない議員達

初めて政権を握った民主党所属議員の底の浅さが露呈し始めているようです。

昨秋の事業仕訳時の蓮舫議員の「二位じゃ駄目なんでしょうか?」は、言うまでもないですが、思慮の足りない発言が目立ちます。党内分裂を加速するようなものとか、外交への思慮が足りないものなど、稚拙過ぎますね。
蓮舫氏においては、さらに商業誌に国会内でモデル様の写真を撮っていたとか。やはりタレント資質は抜けないのでしょうかね?自民党にも軽薄な発言をする人物が豊富ではありましたが。
ルーキーらしい緊張感と朴訥さも時間の経過と共に薄れてきているのでしょう。

「初心忘るべからず」とは、彼等にとっても陳腐過ぎる教訓なのでしょう。
「忘れやすい」から、教訓にもなるのかも知れません。
それにしても、「早くも」っていう感じです。

2010年10月8日金曜日

勝利! ザックJAPAN

ついに日本のサッカーもここまで達したのかという感慨を覚えました。
先ほど勝利で終わった対アルゼンチン戦の感想です。
世界トップ級の選手を揃え、かつて対戦で勝った事のなかったアルゼンチンから、国際親善マッチとは言え、最少得点差で勝利をもぎ取ったということは、意義ある内容でした。

ザッケローニ(Alberto Zaccheroni)監督の初指揮の結果というより、出場選手達がそれぞれの持ち味を十分に発揮した結果と言えます。ザック監督が今後、選んだ代表選手達をどう指導していくのか、今後を見守りたいですね。

検察官の犯罪

決してあってはならない証拠改竄を犯した検事とその犯罪を覆い隠そうとした上司である検事達。
そして、取調べを熟知した検事を取り調べる最高検の検事達。
真実を白日の下に暴けるのか?
否認を続ける上席検事達を、どこまで追い込めるのか。
大手メディアの大魚とコバンザメの関係にも似た捜査当局との関係を打破出来るのか?
問題はまだまだ大きい。



2010年10月6日水曜日

リコールは変革に通じるのか?

名古屋市で実施されていた議会解散に向けたリコール運動が、成立しそうです。有効署名数が、成立必要数を遥かに超えるだけ集まったとか。名古屋市民ではない私ですから、河村市長のいう市民税減税が正しい選択なのか、詳しくは判りませんが、市民の共感を得たという事は言えるのでしょう。

何故、市民が議会議員のリコール反対運動に共感しなかったのでしょうか? それは、多分、市民が感じている閉塞感や鬱積した思いを、議員達が今まで十分に感得せず、自らの有り様を見直してこなかった事に起因するのではと、思われます。議員としての活動のあり方、議会運営などに、従来の方法だけで今後も通じていくという感覚の鈍感さが、結局市民達に見放されたという事なのではないでしょうか?

因習を打破していく事なしに、時代を変える事は不可能だという事ですね。「先見の明」が河村市長にあるとは、あまり感じませんが、議員達より、まだ市民の共感を得るものを持っていたという事でしょう。

リコール運動といえば、鹿児島県の阿久根市でも、市長リコールを求める住民投票実施可能になりそうな署名数が集まったようです。ここも議員と市長の対立の構図は同じように見えますが、衰退していく地方都市の中で、議員達も自らの有り様の改革を怠り、あのような市長を誕生させたと言えます。議会議員達も「先見の明」のある提言をしてきた訳ではなく、やはり従来からの議員としての既得権益維持にかまけていたのですから。言わば怒りのやり場のない市民達の鬱積感が産み出してしまった鬼子とも言えます。

様々な制度、仕組みが作られた時からいうと、既に朽ち始めているのでしょう。しかし、作り直す動きが緩慢過ぎたり、怠慢が目にあまっても怒りは怒りのままで、鬱積感を解消する術がないのです。
しかし、これは、首長や議会だけの責任ではなく、そうした人物達を選んできた選挙民自身の責任でもあります。天に唾吐けば、我が身に落ちてくるということでしょう。リコール後こそが、市民力が試されるのです。

今、ちょっと幕末の雰囲気と似てなくもありません。幕末を彩った坂本龍馬を筆頭に維新に駆け回った人達は、熟しきった幕藩制に危機を感じ、明治維新に向かう大きな牽引者となったのでした。時代が龍馬達を産み出したのかも知れません。

この時代に、先見性を持った人物達が登場して来るのでしょうか? 今のところ、そうした匂いを発する人物はいないようです。さてさて、この先、登場してくるのでしょうか?

2010年10月3日日曜日

アイルランド共和国の歴史

GyaOで映画「マイケル・コリンズ」を観た。これは英語表記の音読みだが、アイルランド語ではMicheál Ó Coileáinとなるそうだ。

アイルランドと英国との関係は、抵抗・独立運動と抑圧の歴史と言っていいだろう。その悲惨な歴史の中で、抵抗運動の指導者の一人が、このマイケル・コリンズという人物だ。これはお勧めの映画。

2010年10月2日土曜日

検察の独善が国民を危うくするの巻

今回表に出た検察官の犯罪は、検察官がその気になれば、無罪でも有罪で起訴されてしまう事を実証したと言えます。実際、起訴されてしまったのですからね。裁判の過程で、無罪が証明されたから、良かったものの、起訴された人が失った時間は取り戻す事は出来ません。

検察官というのは、独任官庁という性格を持っているそうです。wikipediaによると『「検察庁」は「検察官」の事務を統括する官署に過ぎず、行政組織上の検察官は建前上一人一人が独任制の官庁として、単独で公訴を提起し公判を維持する権限を有するが、職務執行上、上命下服の関係に立つ』ものだそうで、しかも権限は「検察官起訴独占主義」と「検察官起訴便宜主義」など、大変強力な権限を与えられています。

こうした絶大な権限を有している検察官には、モラルも至高なレベルが求められているはずですよね。しかし、その極めて高くあるべきモラルの維持がなされていないという事が、如実に示されてしまった訳です。

しかも、それが個々の検察官だけではなく、職務遂行上の上席まで疑われるべき行動をとっていたとは、組織的と見なさざるを得ません。証拠物を加工するなぞ、絶対にあってはならないはずではありませんか?それが、たとえ過誤によるものだとしても、それを検証もせず伏せるなど、強力な権限を有している立場では、尚の事、あってはならないはずです。組織防衛に走ったとしか、思えませんよね。

こうした事実を見せつけられると、今回はたまたま露呈したに過ぎず、過去にも捏造や冤罪が作られてきたのではないかという疑いが濃厚になってきます。

公的機関は、いままで過ちを過ちと認めない傾向が、この国では続いてきました。明らかに過ちであったとしても、決して認めず、官僚による巧言や誤摩化しで有耶無耶にしてきたと。国家に瑕疵はないなど、どう考えてもあり得ないですよね。瑕疵があれば、謝罪し、見直すべきでしょう。それは、司法機関でも同じです。

今回の件は、検察だけにとどまらず、警察機構も含めて、そのあり様を検証すべきだという現実を我々に示したものだとも言えます。特に捜査、取り調べの過程の厳密な可視化は、絶対に必要でしょう。そして、もし我々が取り調べを受ける側に立ったとしても、誘導されたり、話してもいない事が書かれた調書には、絶対に署名押印をしないことだと。

それにしても、国家権力ってのは、ほんとうに恐ろしい事でも出来るんですねぇ。。。怖いですよ。